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なんだかんだ言ってやはり「CLANNADはj(ry :後編

今日は十代最後の夜・・・日世乃です。






↑ガッチャが思い浮かんだ人は、なんていうか負け







そうなんです。明日の夜にはもう僕は二十歳・・・。人生の折り返し地点ですね




はぁぁぁぁぁ~~~~~~・・・・・。




あ、まだ夕飯食ってねぇや。





ふぅ・・・






よし、気を取り直して、前回のつづき、、、



そうなんですよ、麻枝准のシナリオは個別ルートに入ってからが神なんです。


とまぁそれは置いといて、




なぜ「CLANNADは人生」なのかというのをしっかり話していなかったです。


CLANNADは「学園もの」ではない、という話は前回しましたね。



まぁ簡単に言うと、CLANNADは

子と親の心情の成長を細密に、正確に表現していること

そして

それを、落ちこぼれの少年が成長していく過程の中で描いていること

というのが重要だと思います。




まぁこれを見ても「学園もの」ではないことは明らかですね。


落ちこぼれで父親の事を嫌っていた少年がいろいろな家族と出会い、そしてついに自分の家族を持ち、それを支えていくという過程の中での心の成長を描いているのです。


確かに、CLANNADというストーリーの中では「人生」というほどの長さはありません。
十分の一程度と言ってもいいぐらいかもしれません。


けれどその心の成長というのは「人間」として最も重要な成長であり、まだまだガキで自分の家族なんて考えたこともないような自分が言うのもなんだけど、「子供」から「大人」になるという過程としても問題ないぐらいなのではと思うので、この物語を「人生」と称しても問題ないと僕は考えます。




とまぁいろいろ書いてみたけど、

実際のところ、言葉にしてみたら違和感ありすぎで・・・



なぜこんなことを言い出したのかと言うと、


なんていうか、なんども見返してるけど、その度に「CLANNADは人生」という言葉が合いすぎてると思うのです。









まったく、2chからなんでこんなにいい言葉が生まれたんだろう・・・



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