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1921年、日本へ向かう航路上で、物理学者アルバート・アインシュタインがノーベル物理学賞を受賞した論文名とは? by Rook

はい。おはようございます。いや、おやすみなさい。

Rookです。よろしくどうぞ。

ベクトル解析が、なんだかわかるんだか、だけれども教科書読んでみても、知りたいことが載っていないなという、わけのわからない鬱々真っ盛りな気分を打破すべく、今日の夜中にブログを書いております。

え?Rey?
ごめんね。彼、実家にパソコンがないそうでして。たぶん、しばらくは、私がこのブログをReyの代わりに更新することになりそうです。あしからず。


なんだか、このブログの訪問者数が、いよいよ2000人を超えようとしていますね。少し驚いております。少しは活動しろよという私の考えによって立ち上げた、このブログですが、カウンターは三桁を回ればいい方だと思っていましたので、実はちょっと予想外だったり。
(というか、会員たちよ、おまえらが無駄に回しているんじゃあるめぇな!?)

また、面白いのだけれども、なんだか、このブログの訪問者って、ちょうど5日周期で人数が増減しているんですよね。何だろう、こんなぐだぐだなブログを見てくださっている人がいらっしゃるということでしょうかね。
読んでくださっている方、

本当にありがとうございます。m(__)m 

このカウンターの数字こそが、今のブログのモチベーションになっているというのが動かしようもない事実なわけでして。


ただ、少し気になったことも。


会員たちよ、


このブログ、『活動報告雑記』っていうのはおかしくねぇか??? 


だれも、活動報告をしちゃいなくねぇ?
まぁ、今日の更新も、活動報告にならぬから、人のことを言えないのだが。


今日は、実はおとといのNSKの活動をダイジェストで記事にしようかと思ったのだけれども、



風邪ひいちゃった!!(*^_^*)テヘッ 

朝起きたら、なんか、体がだるい!!っていうか、痛い!!
熱計ってみたら、37.6度で。
金曜日は、朝から晩まで寝込んでおりました。(べ、ベクトル解析がっ……(汗))

ま、土曜の朝起きたら、35.5度でしたけれどもね。


であるからして、今日はその報告ができぬのです。



だもんで、ほかのネタを考えていたら、ふと日世乃さんが何回かに分けてタイムマシンやら、ジョンタイターやら、ブラックホールやらを語っていることを思いついた。

あ、じゃあ、私もそういうことを語ろうじゃないかと。(けっして、考えてあるネタを早く消化したくないからではない。決して。)


で、じゃあ、タイムマシンやら、ブラックホールを語るときによく耳にする、『相対性理論』について、何回かに分けて私が知っている範疇でつぶやいてみようかと思ったわけです。(記事の題名から、ご想像できましたよね。)




で、相対性理論なわけですけれども、あ、内容に間違いがあったらごめんなさい。スルーしてください。いや、コメントに書きこんでくださっても結構です。

この相対性理論がアルバート・アインシュタイン博士が提唱したことは言うまでもない話でしょうけれども、この理論は一体、どういう内容なのでしょうか?
相対性理論は、特殊相対性理論やら一般相対性理論やら、あとアインシュタイン博士が提唱したものでない、ほかの相対性理論やらいろいろありますけれども、そんなわけわからんことは抜きにして、一番根柢のところから話をしてみようかと。



まず、次の問題について考えてみてください。


問題1.『ある場所である時刻にある事象がおこったとします。その事象がその「ある時刻」に起きたことを、ほかの場所で確認するにはどうしたらいいでしょうか?』


問題2.『あなたはある棒の長さを計ろうとしています。どうすれば計ることができますか?』


では少し、スペースを空けますので、考えてみてください。

































この問題のミソは実は、計る、確認するという尺度に焦点を当てるところにあります。

え?わかりにくい?

わかりやすく言うとこういうことです。

問1.答え『時計で確認する。』
問2.答え『定規を使う。』

これらの答えでは間違っているということです。




何が間違っているのか?


それは単純で、たとえば問1の場合は、「時計が間違っているかもしれない。それは正確な記録とは言えない。」問2の場合は「定規が間違っているかもしれない。」という点で反駁ができてしまうという点です。


え?へ理屈じゃねぇのって?


物理の世界ではそれがまかり通るんです。 

物理の世界に限らず、それは理数系、あるいは学問全般において通じる概念だと思います。


たとえば、人間でいえば、常識、非常識の判断点は非常にあいまいですね。何が常識的で、何が非常識なのか?
そんなことを語ることはあまりにも無意味な議論であることは言うまでもないでしょう。

それは、一人一人にはそれぞれの常識の尺度が存在するからです。だからこそ、その境目は明らかにすることが難しい。


だけれども、物理とかの世界ではそれが許されないわけです。全体に、完全に、ぴったりと当てはまる概念でなくては、学問として成り立ちえないのです。
ゆえに、定規を使うとか時計を見るとかいうのは、『自分の尺度で物事を計っている』ことに他ならないので正解にはなりえないのです。



ならば、どうすればいいのか?

これまた実に単純な答えで、『身の回りに存在する、普遍的な尺度を使えばいい。』というものです。

そこでアインシュタインが目を付けたのが、『光』です。


光は、常に直線に進み、そして、全く同じ速さで進むことができるものです。
これほど普遍的な尺度はないでしょう。

ゆえに、先の問題は、

『光を利用して、時間を測ったり、長さを測ったりすればいい。』

というものが答えでした。





え?だんだんわかりにくくなってきたって?

もうこれで終わりなのでもう少し。

つまり相対性理論とは、

 『いろいろな事象を検証するときに、正確な尺度が必要なのだが、その尺度は普遍的なものでなくてはならない。ゆえに身の回りにある「光」をその尺度として、相対的に事象を検証するというのが相対性理論である。』 

とまとめることができるわけです。(何か間違っていたらごめん。) 


まあ、今日はこの辺で。

さて、ベクトル解析の試験まで、あと39時間。さあ、追い込まねば。

今日の更新はここまでです。
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